2014年7月18日 日経新聞

 突然ですが、一つ質問があります。「実は……嫁と別れたいと思っているのだけれど、『離婚の相談』ってどこに行けばいいのかな?」――。会社の同僚、学生時代の同級生、親戚。そんな気が置けない間柄の面々がボソッと愚痴ってきたら、あなたは楽々と即答できますか? 「あぁ、○○先生に相談すればいいよ」という具合に。

■需要と供給一致せず

 いや、それはなかなか難しいでしょう。ただ、「離婚かぁ。お前も大変だな」と相づちを打つだけで精いっぱい。肝心要の質問にはお茶を濁すしかないでしょう。無理もありません。もともと「相談したい」という需要と「相談に乗りたい」という供給が全く一致しておらず、需要より供給の方が圧倒的に少ないので仕方がないのです。

 まず需要です。前回も書いたように、離婚件数はわずか20年間で倍増し、今や3組に1組が離婚する計算になりました。離婚相談のニーズは年々、高まっているのです。一方の供給です。世の中には無数の「相談業務」が存在し、離婚はあくまでそのなかの一つにすぎません。

■いつまでも「ニッチ」

 試しにお近くの書店をちょっとのぞいてみてください。一定規模以上の書店には「暮らしの法律」という棚があるので分かりやすいでしょう。そこには税金や相続、会社設立の本は天高く積まれていますが、離婚の本は申し訳なさそうな感じで、端っこにちょこんと置かれているのが現実です。これは離婚本の書き手が少ないことを意味しますが、それは現場の相談業務も同じこと。弁護士、司法書士、行政書士、カウンセラー……相談業務を手掛ける専門家はたくさんいますが、自分の専門分野をあえて離婚に特化しようと思う人は、かなりまれです。

 「夫婦げんか、犬も食わぬ」と評されるように、離婚は罵詈(ばり)雑言が飛び交う修羅場です。相談業務を引き受けるなら、耳をふさぎたくてもふさぐことは許されません。そんな気が重い仕事は、誰もやりたがらないということでしょう。その結果、離婚相談はいつまでたっても「ニッチ」であり続けるのです。
 とはいえ、かくいう私も最初から離婚相談がビジネスになると思って始めたわけではありません。

■きっかけは住宅ローン担当

 大学卒業後に勤めた金融機関で、私は住宅ローン担当をしていました。たまたま担当した男性の顧客から、「夫婦で住宅ローンを組んでいて妻が保証人になっているが、今度離婚するので妻を保証人から外してほしい」と相談を受けました。上司に相談したところ、保証人がいなくなるのはまずいということで反対されましたが、なんとか審査部に掛け合って、妻を保証人から外すことができました。

 その後、行政書士として独立したとき、当初は住宅ローンアドバイザーという看板を掲げようと思っていましたが、実際に寄せられる相談は「離婚するが、不動産の財産分与をどうしたらいいのか」というものばかり。

 その1つ、40代の夫婦(子供1人)からの相談を紹介しましょう。この夫婦は10年前に新築のマンションを5000万円で購入し、そこで暮らしていたのですが、マンションをどう処分するかを巡って、離婚の話が止まっていました。

■売っても貸しても損

 夫の名前で住宅ローンを組んでいて、残債は3500万円もあり、売りに出そうとしても2500万円しか値がつきませんでした。毎月の住宅ローン返済額は8万円で、賃貸に出したとしても、毎月の家賃として得られるのはせいぜい6万円。どちらにしても損失が生じるので、どうすべきか悩んでいたのです。

 そこで私が提案したのは離婚した後も妻子がこのマンションに住むというプランです。夫婦の間には未成年の子供がいるので、本来、夫は妻に対し、養育費を支払わなければなりません。夫の年収は800万円、妻は100万円だったので、養育費の相場は月8万円です。

 このケースではちょうど毎月の養育費と毎月の住宅ローンが同じ金額だったので、夫が引き続き、住宅ローンを返済する代わりに、養育費はゼロでも良いのではないか(妻の収入だけで子を育てていく)という話をしたところ、すんなり話はまとまり、売却損などを出さずに離婚することができました。妻は持ち家に引き続き住めるので、仕事を変えてもう少し収入を増やせば、どうにか生活できることがわかりました。

 このような相談に対処するには、法律はもちろん、金融機関の内部事情を知っていることが強みになります。さらに、子供の養育費、年金分割、退職金の分割などの相談も寄せられるようになり、離婚に特化した専門家になろうと決めたのです。以来、8年間で約1万件の相談を受け持ってきました。

■むしろ周囲の人に知ってほしい

 わざわざ火中の栗を拾うような存在はかなり珍しいので、これまでの経験には希少価値があるのではないかと自負しています。今回の連載を離婚のことで悩んでいる人に読んでほしいのは言うまでもありません。しかし、もっと読んでほしいのは、本人の周りにいる人たちです。理由は2つあります。

 1つ目は本人は精神的に疲れ果て、判断能力や理解力が低下しており、ぎりぎりのところに追い詰められているので、「離婚」という2文字をなるべく避けようとする傾向があるからです。2つ目は、どんな悩みもそうですが、本人より関係者の数の方が多いので、たまたま、この連載を目にする可能性が本人よりも高いからです。

 実際、私のところへ相談しに来るのは、本人だけでなく、両親や兄弟姉妹、友人や同僚、交際相手などの「関係者」も多いのです。だからこそ、今現在、あなたが離婚の問題に悩んでいないからといって、素通りしないでください。いつ、どこで、誰が、あなたに悩みを打ち明けてくるか分からないのです。

 そこで冒頭の質問です。この連載を活用し、あなたの大事な人に、少しでも現状突破の鍵となるアドバイスができれば、ただ単に相づちを打ったり、お茶を濁したりするより、何倍、何十倍もましだと思います。連載の内容と、多くの方の悩みの内容が少しでも一致することを期待します。

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