毎日新聞 2014年09月10日 東京朝刊

白梅学園大教授の増田修治氏
白梅学園大教授の増田修治氏

 ◇業務多く、絶対数不足−−NPO法人「日本標準教育研究所」理事、白梅学園大教授・増田修治氏

 国際的な調査で、日本の中学校の教員は世界一多忙であることが明らかになった。なぜそれほど忙しいのか。NPO法人「日本標準教育研究所」理事の増田修治・白梅学園大教授(56)に現状や状況改善への提言を聞いた。【聞き手・三木陽介】

−−6月に公表された国際教員指導環境調査(TALIS)=1=の結果、日本の中学教員の多忙ぶりが突出していました。

 中学校だけではありません。日本標準教育研究所は一昨年から今年にかけて全国の小学校教員延べ1500人にアンケートをしました。法令上の標準勤務時間は8時間半ですが、平均勤務時間は11時間18分、「過労死ライン」といわれる12時間以上は約3割に上りました。学校にいる間は休憩時間もほとんどありません。授業の合間の休み時間も生徒指導などに追われますし、多くの先生が帰宅後も仕事をし、約7割が平均月2・2回の休日出勤をしています。「結婚して続けられる仕事ではない」という女性教師の声もありました。寝袋持参で学校に泊まり込む先生もいます。危機的状況です。

−−なぜそこまで多忙なのですか。

 授業以外の仕事が多いのです。その典型が事務作業です。国や県による実態調査への回答が年間200件に上ることもあると聞きます。同じいじめの調査でも国と県と市町村から別々に来ることもあるそうです。私が現役の教員だった7年前より明らかに増えています。会議も多い。放課後は全教職員が参加する職員会議に学年会議、教科別の主任会議や生徒指導など校務分掌ごとの会議もあります。小規模校だと兼務も多いので、会議が終わったらもう夜8時ということも珍しくありません。形式だけになっている会議も少なくないのですが。

−−状況改善にはどうしたらいいのでしょうか。

 事務作業の効率化や会議の見直しは当然必要ですが、やはり教員の数を増やすべきです。財務省は「子供が減っているのだから教員も減らすべきだ」としていますが、実態が見えていません。貧困率が上がり、家庭の経済格差が子供の学力格差に深刻な影響を及ぼしています。発達障害で特別支援が必要な子供もクラスに6%程度います。難しい家庭背景を抱えた子供も増えています。貧困、虐待、ギャンブル依存、家庭内暴力。我々の教員アンケートで悩みを挙げてもらったところ、上位三つは「自分の時間が持てない」「保護者との関係」「特別支援が必要な子への対応」でした。学級規模の上限を現行の40人から引き下げ、30人以下に改めるべきです。

 先生たちの意識改革も必要です。どうしても先生というのは自分で何でも抱え込んでしまいがちです。例えば、年度が変わって受け持つ学年が変わる時に後任に教材を引き継ぐだけでも負担はかなり軽減されます。教員が働きやすい環境作りなど校長ら管理職のマネジメント力を向上させる必要もあると思います。

−−少子化で学級規模は自然と小さくなるのではないですか。

 財務省の試算では、少子化によって教員1人あたりの児童生徒数は2016年に小学校で16・8人、中学校で13・5人になるそうですが、それはあくまで平均値です。都市部では35人以上の学級はまだまだあります。これからは知識の詰め込みではなく、課題解決型学習や自ら学ぶ「主体的学び」といった新たな指導方法が求められています。今はいい高校、いい大学に入れば将来が約束されるという時代ではありません。小学校の高学年くらいになると、児童たちになぜ学ぶのか実感を伴って理解させないと、授業についてきません。教師が一方的に話す一斉授業はもう通用しないのです。でも肝心の先生にそうした新しい指導方法を身につける余裕がないのが現状です。

−−国際教員指導環境調査では、日本の先生は自己肯定感が低いという傾向も表れました。

 かつては職員室で教員同士が指導法を教え合ったり、愚痴を言い合ったり、ほめあったり、という雰囲気がありましたが、今はそれどころではありません。こうした「同僚性」の喪失も背景にあると思います。毎年、精神疾患で休職している先生は5000人前後にも上ります。その一方で、学校に次々と新しい課題が持ち込まれ、小中学校では道徳が早ければ15年度から、小学5、6年生では英語が18年度からそれぞれ段階的に教科化される見通しです。教員はこうした新教科の指導方法を身につける必要があります。休日をつぶして自己研さんを積んでいる先生も少なくありません。国は子供のために良かれと思っているのでしょうが、基盤となる指導体制が追いついていないのです。

−−文部科学省は教員の負担軽減のため、来年度から「チーム学校」=2=という方針を打ち出しました。

 専門家が一体となって諸問題に取り組もうということです。専門的な知見を持った人材が学校に入ってくること自体は良いことです。ただ、そうした人たちと打ち合わせをする時間が必要となり、さらに多忙となることは避けねばなりません。

 ◇聞いて一言

 増田教授によると、最近は教職課程を修了しても教員を志望しない学生がどの大学でも増えているらしい。「きつい」勤務実態を知り、敬遠してしまうのだという。都市部では、団塊世代教員の大量退職で採用を増やそうとしても志望者が集まらず、採用試験の倍率が15年前の3分の1程度の3倍台というケースも出ている。教員の質低下が懸念されるし、何よりも直接影響を受けるのは子供たちだ。教員の置かれた環境を改善しない限り、この「負」の流れを止めることはできない。

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 ■ことば

 ◇1 国際教員指導環境調査

 経済協力開発機構(OECD)が2013年に34カ国・地域の中学校教員を対象に実施。日本は、1週間の勤務時間が最長の53.9時間で平均(38.3時間)の1.4倍だった。事務作業の時間(5.5時間)は約2倍。課外活動指導(7.7時間)は3倍超だった。「生徒に勉強ができると自信を持たせることができるか」との問いに、「非常によく」と「かなり」を合わせて「できている」としたのは約18%で、平均(86%)を大きく下回り、日本の教員の自信のなさが浮き彫りになった。

 ◇2 チーム学校

 いじめ、不登校、貧困、暴力行為、発達障害など学校が直面する課題に、教員だけではなく各分野の専門家が「チーム」となって対応しようという考え方。メンバーは、社会福祉士など福祉の専門家、スクールソーシャルワーカー、特別支援教育のための看護師らが想定されている。

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 ■人物略歴

 ◇ますだ・しゅうじ

 1958年生まれ。埼玉県の公立小学校で教員を28年務めた後、白梅学園大准教授を経て現職。専門は教師教育論・臨床教育学。

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