2014年9月10日 日経新聞

 「サラリーマン時代の手取りの半分か……」。Nさん(74)は年金生活を始めたころ、夫婦で月18万円という受給額を心細く感じていました。蓄えを取り崩していくうちに「このままでは破綻する」と判断。家計改善に取り組んだ結果、奥さん(72)と旅行などを楽しみながら、年金から貯蓄もできるようになりました。老後の収入や貯蓄は限られますが、無理なく無駄を見直すコツはあります。
リタイア貧乏に陥らないためには、老後資金をできるだけ多く準備することも大事だが、月々の年金の範囲内で過不足なく暮らす工夫も必要
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リタイア貧乏に陥らないためには、老後資金をできるだけ多く準備することも大事だが、月々の年金の範囲内で過不足なく暮らす工夫も必要

 Nさんは定年で2000万円強の退職金を手にすると、「住宅ローンを完済しておきたい」と1000万円を充てました。老後資金はほとんど退職金に頼っていたため、蓄えもほぼ半分に減ったことになります。

 一方で、お金はどんどん出ていきます。「いろんなことを我慢しながら会社勤めをしてきたから、もう働きたくない」「旅行や観劇を楽しみたいし、孫にも欲しいものを買ってあげたい」と悠々自適に暮らしてきたからです。

 Nさんは年金だけだと月5万円の赤字になり、貯蓄から補填せざるを得ませんでした。そして貯蓄が500万円ちょっとまで減ったところで焦りを感じ、家計を立て直そうと相談にきたのです。

 まず私はNさんに、年金が振り込まれる口座と生活費を管理する口座を分けてもらいました。年金は2カ月分がまとめて支給されますが、生活用の口座には1カ月分ずつ移し、使っているペースや残りの額を把握しやすくするのです。サラリーマンのころと同様、生活費は1カ月単位(できれば食費と日用品代は1週間単位)で管理するのが基本です。

 またクレジットカードの代わりにVISAのデビットカードを使うことを勧めました。クレジットだと使いすぎる可能性があるうえ、口座からは後で引き落とされるため家計が安定しづらくなるのです。VISAデビットなら利用額が即時で引き落とされ、口座残高の範囲内でしか使えません。Nさんご夫妻に使ってみてもらったところ、特に不便は感じなかったようでした。

 さらに年金からの生活費は、日々暮らしていくのに必要な出費だけに使うようにしました。たまに行く旅行や自宅の固定資産税などは貯蓄でまかなうようにしたのです。娯楽費や交通費、交際費の大半を生活費から切り離したことで、貯蓄のなかから計画的に準備できるようになりました。



 こうしてお金の管理の仕方を改めただけで、Nさんの家計の無駄はかなり減りました。食費は2割にあたる1万円、通信費はあまり使っていなかった自宅のインターネット回線を光ファイバーからISDNに変更することで半額近い7000円が浮きました。

 水道光熱費や日用品代なども少しずつ節約し、夫婦それぞれの小遣いや携帯電話には手をつけることなく計6万4000円を削減。赤字は解消し、月1万4000円ずつ貯蓄に回せるようになったのです。

 料理に使う野菜を家庭菜園で育ててみたり、ショッピングや散歩に出かけてみたりと、Nさんご夫妻は旅行だけでなく日常の範囲内でもいろんな楽しみを見つけ、年金収入相応のゆとりある暮らしを手に入れています。70代でもコツコツ貯蓄できているため、蓄えは500万円ほどを維持できています。もちろんこれで盤石というわけではなく、もっと多いに越したことはありませんが、年金の範囲内で暮らせているのは理想的です。

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 Nさんの場合、退職金の半分を使う思い切った決断でしたが、住宅ローンを完済したのは正解でした。家計で最も負担が大きい住居費を軽くしておくことは老後を迎えるうえで重要です。持ち家でない人も、公営住宅を利用するなどして家賃を抑える余地があります。

 またNさんは貯蓄が大きく減って行き詰まりを感じても、安易にお子さんに援助してもらう道は選びませんでした。自分たちでやれるだけのことはやってみようと努力したことが、一時しのぎでない抜本的な家計改善につながったのです。

 Nさんのようなケースは2013年9月9日付「老後のぜいたく程々に リタイア貧乏が待っている」でも紹介しました。定年まで長年にわたって働き、子育てや住宅ローンにも追われてきた皆さんが「これぐらい好きなことをしてもいいだろう」と財布のひもを緩めたくなる気持ちは分かります。

 しかし老後も長い人生が待ち受け、それ相応のお金もかかるのです。リタイア貧乏に陥らないためには、老後資金をできるだけ多く準備することももちろん大事ですが、月々の年金の範囲内で過不足なく暮らし、貯蓄を食いつぶさない方法を探っていくことも必要ではないでしょうか。

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