2014年9月16日 日経新聞

 「アラブの春」と呼ばれた民衆による民主化運動で大きな変化が訪れた中東の政治をイスラム武装組織指導者が揺さぶっている。シリアとイラクで支配地域を広げたイスラム教スンニ派の過激派「イスラム国」を率いるバグダディ指導者は、残虐さが際立つ。人々の恐怖心を利用して勢力を拡大する過激派勢力に対し、国際社会は今後、長い戦いを強いられそうだ。
「イスラム国」への軍事作戦について演説するオバマ米大統領(10日)=AP
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「イスラム国」への軍事作戦について演説するオバマ米大統領(10日)=AP

 「がんを取り除くには時間がかかる」。オバマ米大統領は2001年の米同時テロ13年の前夜にあたる9月10日、ホワイトハウスで国民向けに演説し、イスラム国との全面対決の決意を表明した。大統領はテロの脅威を撃退するための幅広い「有志連合」を築く方針も確認した。オバマ氏の対外戦略の転換をもたらした「イスラム国」とはどんな組織なのか。

■兵器や資金奪う

 シリアの主要都市ラッカはイスラム国の重要拠点で、彼らの「首都」とされる。7月、住民を恐怖に陥れる光景が現れた。市内の目立つ場所に、シリア兵数十人の遺体がさらされていたのだ。住民を恐れさせ、従わせる狙いは明らかだ。

 恐怖心をあおるのはバグダディ指導者の常とう手段だ。イスラム国がイラクの主要都市モスルやティクリートを容易に陥落できたのも、警察幹部を惨殺する映像をネットで流し、恐怖におびえたイラク軍幹部らが逃げ出したためとされる。モスルではイラク軍の兵器や銀行の資金を奪い、一気に力を増した。


イラク北部で治安部隊から奪った装甲車両を乗り回す「イスラム国」メンバー(6月、モスル)=AP
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イラク北部で治安部隊から奪った装甲車両を乗り回す「イスラム国」メンバー(6月、モスル)=AP

 バグダディ指導者は1971年にイラクで生まれ、過去の指導者が相次いで死亡したのを受けて2010年に指導者となった。人前に出ることがほとんどなく謎に包まれた人物だ。

 イラクで自爆テロなどを繰り返し、内戦による混乱に乗じて隣国シリアで支配エリアを拡大した。シリアを拠点に、母国イラクに対する本格的な攻撃に転じた。

 イラクで支配地域を広げると同時に「カリフ制国家」を宣言した。カリフ制国家とは7世紀以降、イスラム教預言者ムハンマドの後を継いだ指導者が治めていたイスラム国家を指す。さらに、同指導者はイスラム世界全体の最高指導者を指す「カリフ」を名乗り、「忠誠を誓うのは全てのイスラム教徒の義務だ」との声明を出した。


■欧米からも合流


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 多くのイスラム教徒はこうした主張に反発しているが、その勢いは止まらない。大それた主張は過激なイスラム思想に傾く若者の心をとらえたようだ。

 中東だけでなく欧米諸国からも若者らが続々とイスラム国に加わっており、彼らは米国やそのイラク政策に協力する国々を敵視している。

 バグダディ指導者は、11年の米同時テロを引き起こした国際テロ組織「アルカイダ」指導者のザワヒリ容疑者に師事していたとされる。だが、要員を派遣するなど姉妹組織だったシリアの「ヌスラ戦線」を自らの支配下に置こうとして対立したようだ。今年になって互いに絶縁を宣言した。

 イスラム国の攻撃目標は戦略的に選ばれているフシがある。8月に一時、北部にあるイラク最大の「モスル・ダム」を占拠した。米軍機の支援を受けたクルド自治政府の治安部隊などが奪還に成功したが、イスラム国は電力確保よりも、ダムを決壊させて大規模な被害をもたらすことを狙っていたとの見方は根強い。実行していれば大混乱が生じていただろう。

 今月初めには、西部の「ハディーサ・ダム」周辺でイスラム国の戦闘員を標的に米国が再び空爆に踏み切った。ヘーゲル米国防長官は「(ダムが奪われれば)新たな重要で大きなリスクがイラクに加わる」と懸念を隠さない。

 これまでの戦闘で獲得した武器も強力だ。戦車や地対地ミサイル、重火器などをイラク軍やシリア軍から奪った。自動小銃などは、シリアで他の反体制派に供与された米国製も使用しており、イラク正規軍の装備を上回るとの見方もある。

 化学兵器など危険な兵器の入手を目指している恐れもある。矛先を向けられた国際社会の懸念は深まるばかりだ。

(国際アジア部 横田勇人)


イスラム過激派 イスラム教を旗印に掲げる武装組織などを指す。政治目的達成や理想実現のための武力闘争やテロ行為をイスラム教が認める「ジハード(聖戦)」として正当化する。イスラム教の教えを厳格に解釈し、西欧の価値観を否定する組織が多い。
 「イスラム国」のように、イスラム教の開祖で預言者のムハンマドがイスラム国家を率いていた時代を理想と考える傾向もある。


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