認知症の症状には中核症状と、それに伴って現れる行動・心理症状がある

 認知症高齢者と接するには、認知症を理解することが必要です。前回の「認知症高齢者を理解するために」では、認知症の理解に必要な基本的な知識をお伝えしました。
 認知症は「治す」ことはできませんが、「緩和する」ことができる病気です。症状を上手く緩和することで、長期にわたってその人らしい生活を続けることができます。それには、認知症高齢者に対する私たち一人ひとりの接し方が大変重要な役割を持っています。

 認知症の症状は、認知機能の障害が原因で起こる「中核症状」と、それに伴って現れる「行動・心理症状」に分けられます。中核症状は認知症の人に必ず見られる症状で、「記憶障害」「見当識障害」「理解力、判断力の低下」「実行力障害」などがあります。見当識障害とは、今がいつなのか、ここはどこなのか、この人は誰なのかといった時間や場所、人物の見当がつかなくなる状態。実行力障害とは、長い間行っていた買い物や調理ができないといった状態です。
 こうした中核症状によって認知症の人は、これまでしてきたように一日を過ごすこと、生活リズムを整えることが難しくなります。

 一方行動・心理症状は、中核症状を背景に、本人の性格や生活環境、心身の状態、不適切な対応などさまざまな要因が加わって起こる症状で、BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)とも呼ばれます。不安・焦燥、うつ状態、幻覚・妄想、徘徊、興奮・暴力、異常行動などが見られますが、認知症の人なら誰にも見られるわけではありません。周囲のかかわりやケアの影響が大きいことが特徴で、対応の仕方で改善されることもあります。
 *行動・心理症状は、周辺症状(随伴症状)とも呼ばれています。

その症状がなぜ起こっているのかを考え、安心感を与えるコミュニケーションを

 徘徊や妄想などの症状は「問題行動」と捉えられがちですが、症状には必ず意味があり、なぜ起こっているのかを考えることが最も大事なことです。たとえば、周囲から見ればただ歩き回っているように見える徘徊も本人にとっては無意味な行動ではなく、「娘時代を過ごした故郷の家に帰ろうとしている」、「現役時代毎日通った職場に出かけようとしている」など、一人ひとりの行動にはそれぞれの意味があります。また、自分が置かれている環境やケアへの反発であることもあります。

 行動・心理症状に対して周囲の人は、不思議な行動に困惑し、しっかりしてほしいと願い、失敗や不可解な行動を叱ったり責めたりしますが、それによって本人はますます不安感や孤独感を増すことになります。その結果さらに行動・心理症状が出現し、認知症を進行させるという悪循環に陥ってしまうのです。

 認知症高齢者への接し方の基本は、本人の形成している世界を理解し、大切にすること、相手の心に寄り添い受容しながら信頼関係を養うことです。怒ったり責めたりごまかしたりせず、まずは相手の主張を受け入れること、それが混乱を収める最良の薬です。常に自分が相手だったらと考え、気持ちを察し、本人が安心できるコミュニケーションを心がけることで、行動も感情も落ち着きます。

【接し方の原則・心がまえ】
●自尊心を傷つけない
 物忘れや失敗を叱りつけたり頭ごなしに否定しない。教え込もうと説得しても効果はありません。

●本人の形成している世界を理解しそれに合わせる
 本人が今住んでいる世界を理解し大切にすること、その世界と現実とのギャップを感じさせないようにすることで、本人は安心し落ち着きます。ときには本人の世界に入り演じることも必要です。

●相手の主張を受け入れる
 現実とは異なっていても、本人の主張を受け入れる態度で接するとこだわりも消えます。正論を説いても理解できず混乱するだけです。

●やさしく愛情を持って接する
 認知症の人も感情は強く残っています。愛情のない接し方を敏感に見抜き、いやな感情だけが残ります。穏やかな気持ちになれるよう、よい感情が残るよう接することが大切です。そのためにはその人らしさに興味や関心を持ち、傾聴し、こまめに声をかけることです。

●通訳者としてのコミュニケーションを
 伝えたいこと、行動したいことを思い出すことができるように、さりげなくサポートしながらコミュニケーションをとりましょう。

●本人の習慣や役割を継続できるように接しましょう
 調理や掃除の一部などできることはしてもらい、感謝の気持ちを伝えましょう。誰かの役に立っているという自信を持ち、楽しさを感じることで脳も活性化します。

●生活のリズムを整えましょう
 食事をおいしく食べ、日光を浴び、日中は何かに興味を持って過ごし、夜は睡眠がとれるよう環境を整えましょう。

介護者中心のケアから、その人を中心にしたケアへ

 認知症のケアは、かつては食事、入浴、排泄といった身体介護が中心で、その後絵画や音楽、工芸などのアクティビティを中心とするケアへと移行しましたが、いずれも、本人よりも介護者の都合を優先して一斉に行うという集団対応的なケアでした。
 こうした介護者中心のケアに対し、イギリスの心理学者トム・キットウッドは「パーソン・センタード・ケア=その人を中心にしたケア」を提唱し、最近ではこの考え方が認知症ケアの主流となっています。つまり、介護者中心のケアの失敗を経て、認知症の人を中心にしたケアが行われるようになったのです。

 現在、認知症の症状緩和のために音楽療法、回想療法、化粧療法、園芸療法など、五感を刺激するさまざまなセラピーが行われています。
 また、最近は日本でも「タクティールケア」という手法(「タクティール」とは触れること)が多くの現場で取り入れられるようになりました。タクティールケアは1960年代にスウェーデンで始まり、がん患者の痛みの緩和ケアなど医学的にも有効性が実証されているケアです。手や足を柔らかく包み込むようになでることにより、不安感やストレスを軽減させる「オキシトシン」というホルモンが分泌され、認知症高齢者の不安を和らげるというものです。
 そのほか足浴やハンドマッサージ、リフレクソロジーなども不安を和らげたり興奮を鎮めたりして、ケアに役立っています。就寝前のマッサージや肩もみなど優しいタッチケアは、ご家庭でもすぐに実践できますね。

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