2014年11月27日 東洋経済

中国各紙も高倉健さんの死去を惜しんでいる(19日付の中国各紙、共同)

映画俳優の高倉健さんが、今月10日、逝去されました。83歳でした。18日に訃報が伝えられると、テレビ各局では追悼番組が相次ぎました。遺作となった映画は『あなたへ』(2012年公開)でしたが、最後のテレビ番組は「プロフェッショナル 仕事の流儀」(NHK)でした。自分が納得する映画しか出ないという方針を貫いていた高倉さんが、なぜこの番組に出演したのでしょうか?

高倉健さんの回が番組最高視聴率に

「プロフェッショナル 仕事の流儀」は2006年から放送されているドキュメンタリー番組です。番組ではひとりの「誰もが認める、その道のプロ」に密着し、生き方や仕事ぶりを紹介していきます。

人物密着ドキュメンタリーといえば、「情熱大陸」(TBS系)が有名ですが、「情熱大陸」が世界へ羽ばたく若者をよく取り上げるのに対し、「プロフェッショナル 仕事の流儀」は、ひとつのことを長年愚直にやり続けてきた年輩者に多く密着しています。

イチロー、本田圭佑などの著名人も特番で登場することはありますが、普段のレギュラー放送の主役は市井の人たち。クリーニング一筋、リンゴ栽培一筋、花火一筋など、ひとつの分野でトップに立った人たちを発掘してきて、不器用だからこそできたストイックな生き方を紹介しています。

番組最高視聴率はもちろん、高倉健さんに密着した回です。2012年9月8日の放送回で、15.0%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)を獲得しました。

NHKは高倉健さん逝去のニュースを受けて、地上波、BSともに多くの追悼番組を放送しています。今月23日(日)にはNHKスペシャル「高倉健という生き方~最後の密着映像100時間~」を放送。文化・芸術系でNHKスペシャルが制作されることは珍しく、これも高倉健さんだったからでしょう。13.5%(関東地区、同)という高視聴率を獲得しました。

 ちなみに、この裏では、『あなたへ』(テレビ朝日系)が放送され、14.0%(関東地区、同)を記録。合わせれば、この日、国民の3割近くが高倉健さんにくぎ付けになりました。

そして、翌日、24日(月)には、「プロフェッショナル 仕事の流儀」を再放送。筆者はこれを通常の枠(毎週月曜夜10時~)で放送されると思っていました。ところが、何と、朝の連続テレビ小説「マッサン」から直結して放送したのです。普段は「あさイチ」を放送している枠で、高い視聴率が見込める枠。この編成にはあっぱれとしか言いようがなく、NHKの高倉さんへのリスペクトが感じられました。

普段、テレビに出ない高倉さんがなぜ?

さて、2012年9月8日放送の「プロフェッショナル 仕事の流儀」になぜ高倉さんは出演することにしたのでしょうか。

もちろん主たる目的は、映画『あなたへ』のプロモーションだと考えられます。映画関係者から、高倉さんは、自身が主役を務める映画の興行収入を気にされていたと聞いたことがあります。通常の映画のプロモーションであれば、主演俳優がワイドショーから、バラエティから何から何まで出演する……となるのでしょうが、高倉健さんの場合はそうもいきません。映画『あなたへ』に出資していたテレビ朝日の番組には出演していましたが、それも数を絞っていました。

その中で、「プロフェッショナル 仕事の流儀」を戦略的に選んだ高倉さんはさすがだと思います。NHKは、中高年をターゲットとした映画をプロモーションするには最も効果的なメディア。しかも、情報番組やニュース番組に出るのとは少し違って特別感があります。

前出の「NHKスペシャル」がベストだったでしょうが、文化系はなかなか企画が通らない。その中で、「プロフェッショナル 仕事の流儀」はしっかり密着してくれて、しかも、2週にわたって、映画公開中の絶妙なタイミングで放送してくれる。プロモーションを考えれば、最高の番組だったと思います。「プロフェッショナル 仕事の流儀」への出演が大きな話題となったこともあって、映画『あなたへ』は興行収入23.9億円(出所:日本映画製作者連盟)を記録しました。

プロモーション戦略もありますが、それ以上に高倉さんは、この番組のテーマにも共感したのではないかと推測します。有名・無名にかかわらず、この番組で紹介される人たちは、皆、ストイック。仕事一筋。りんご一筋の木村秋則さんも、クリーニング一筋の古田武さんも、プライベートはすべて犠牲にしている感じもあります。

 最近、ちまたでよく言われている「ワーク・ライフ・バランス」などとは無縁。「仕事もプライベートも充実させて器用に生きよう」と喧伝される世の中で、プロフェッショナルたちは、愚直で不器用。それでもひとつのことに懸ければ、トップになれるのです。

高倉健さんの回をご覧になった方ならご存じだと思いますが、高倉さんの日常はとにかくストイック。現場では座らないで立っている。体を鍛える。ウォーキングを欠かさない。食べ物に気を遣う。酒・タバコはいっさいやらない。それでいて、ロケ現場に見学にきた人たちや撮影スタッフには、限りなく気を遣う。自分には厳しく、他人には優しい。

過去には、3年間、ほかの仕事を入れずに「八甲田山」に集中。おカネがなくなりマンションやベンツを売り払う。雪山で凍傷になっても文句を言わない。40歳で離婚してからは独身を貫く。そして、肉親の葬式には参列したことがない……。葬式に行かなかった理由について、番組内で次のようにおっしゃっていました。

「今、考えたらね、肉親の葬式、誰も行ってませんよ。それはけっこう自分に課してる。オレはそれで撮影中止にしてもらったことはないよっていう……オレの中では、それはね、プライドですね」(「プロフェッショナル 仕事の流儀」)。

このドキュメンタリーを見て、筆者は、カメラで撮影しているかぎり、いつでもどこでも高倉健なのだということに気づきました。映画であろうが、密着ドキュメンタリーであろうが、高倉さんは高倉さんを演じている。

以前、俳優のメリル・ストリープさんがバーナード大学の講演で「私はカメラの前ではメリル・ストリープを演じているのです」と言っていましたが、高倉さんもやはり生涯、高倉健を演じていたのではないかと思います。それがプロの流儀だと思っていたからこそ、プライベートは明かさず、テレビにもほとんど出演しなかったのかもしれません。

中国で異例の報道

高倉健さんの逝去のニュースを受けて、筆者は海外がどんな反応をするかに注目していました。高倉さんは、『ブラック・レイン』(1989年公開)など、ハリウッドのヒット映画にも出演していたにもかかわらず、欧米メディアはほとんど放送しませんでした。

対照的に大々的に報じたのは中国です。中国では18日夜、国営の中央テレビが、25分間にわたって高倉さんを惜しむ特集を放送。これには驚きました。普段は日本のことを批判してばかりいる放送局が、高倉さんを大々的にたたえたのです。

その後も、外務省が哀悼の意を示したり、共産党系の新聞が追悼記事を掲載したりなど、異例の対応が続いています。そして、よく反日デモの参加者からペンキや卵を投げつけられていた、あの北京の日本大使館に、今、ファンから花が届けられています。

高倉さんは、近年、海外の映画人と映画を制作することに取り組んでいました。NHKのインタビューでも、「いろんな国の人と映画を撮りたい。日本だけじゃなくてね」と夢を語っていました。そうした中で、チャン・イーモウ監督の『単騎、千里を走る。』(2006年日本公開)に出演しました。

しかし、中国人にとって、高倉さんといえば、何と言っても映画『君よ憤怒の河を渉れ』(1976年)です。この映画は、「文化大革命」(1966~1976年)後に中国で初めて公開された外国映画。無実の罪を着せられながらも、真実を追求していく検事を演じ、中国の民衆から圧倒的な支持を受けました。高倉さんは自由の象徴であり、あこがれでした。プロフェッショナルの仕事は国境を超えるのだと、今回の中国での報道を見て思いました。

今週も、NHK、民放ともに、引き続き追悼番組が放送されています。

前出の「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、「プロフェッショナルというのは、生業(なりわい)じゃないかと思いますね」と最後におっしゃっていたのが印象的でした。こういう超一流の俳優は数少なくなりましたが、高倉さんの残した作品を見ながら、「プロ」のあり方をあらためて考えさせられることになりました。不器用であったほうが、結果的に一流になれるということも。

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