2014年12月6日 日経新聞

 公的年金の給付が減少するなか、老後の収入を心配する人は多いだろう。リタイア後の資金準備は早めに始めると有利になりやすいが、貯蓄の目減りを抑えたり、年金の受取額を増やしたりして夫婦でゆとりある老後を送るには妻が働くことが選択肢になる。特に妻が専業主婦の場合、その働き次第で家計は大きく変わる可能性がある。

 東京都に住む川崎百合子さん(48、仮名)は、この春から百貨店の食品売り場で働き始めた。18年前に会社員の夫(52)と結婚し、ずっと専業主婦だったが心機一転。現在1日約6時間、月12日のパートタイム勤務で月8万円強の収入を得ている。

 働き始めたのは夫婦の老後資金にやや不安があったため。夫の給料は徐々に減っており、先行き増額は見込みづらい。「働くなら、50歳になる前でなければと思った」と振り返る。

 夫が定年を迎えたり、定年が近づいてきたりすると妻が再び働きに出る例はよくある。熟年世代の場合、夫の給料を増やすのは難しいが、専業主婦の妻が働けば老後の資金準備に役立つ。もちろん子育ての最中だったり、親の介護に直面したりして、働きたくても働けない人もいるだろう。ただ、お金の面だけを見れば夫婦のゆとりある老後は夫だけでなく、むしろ妻の働きがポイントといえる。


■10年先延ばし可能


 ファイナンシャルプランナー(FP)の豊田真弓氏は「収入は少なくても、積み重なると貯蓄の目減りを抑える効果は大きい」と話す。夫が50歳になる直前の一家の貯蓄800万円、夫の手取り年収550万円(当初)などの同じ条件で、妻の年収が64歳までゼロ、70万円、100万円の3つで貯蓄の推移を試算してもらった。年収ゼロの場合、貯蓄は夫が76歳の時点でマイナスに転じるが、毎月6万円弱でも妻の収入があれば、10年先延ばしできる。


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 夫の定年をきっかけに専業主婦だった妻が仕事を始めようとしても、いきなりはなかなか難しい。ブランクが大きければなおさらだ。ライフスタイルは人それぞれだが、家計のゆとりを考えれば、やはり早いうちから働き出すのが有利だ。若いうちは就労の目的が子どもの教育資金だったり、自分で自由に使えるお金が欲しかったりと様々だが、やがて老後の蓄えも目的に加わってくる。


■手取り目減り注意


 配偶者控除の範囲内で働いて第3号被保険者の恩恵を受けるのもひとつの選択肢だが、社会保険料が発生する「130万円の壁」を超えて厚生年金や健康保険など社会保険に加入して働けば、老後の年金が増えるだけでなく、病気の際は健康保険から傷病手当金などを受け取ることができ、万一のリスクにも備えられる。2016年10月からは厚生年金の適用基準が緩和され、加入する人が増える。
 ただし「収入を増やしても社会保険料の発生で手取りが減ることがある」と社会保険労務士の池田直子氏は指摘する。

 池田氏の試算によれば、労働時間や時給にもよるが、一般的には40歳以上の妻が年収130万円で働くと、健康保険料や厚生年金保険料など社会保険料が新たに年間約20万円発生し、手取りは約108万円になってしまう。年収129万円と「130万円の壁」のぎりぎり下で働いていれば、手取りは123万円強だった。社会保険料を払いながら手取りを維持するためには、151万円超の年収を得る必要があるという。


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 一方で受け取る年金は増える。第3号被保険者のままなら65歳からもらえるのは国民年金のみ。満額でも年間約77万円(14年度)だ。厚生年金に加入すると「仮に月15万円で25年間働けば、厚生年金は年間で約25万円もらえ、国民年金と合わせれば102万円になる」とFPの拝野洋子氏は話す。同条件で10年働けば厚生年金の受取額は約10万円、15年なら約15万円になる。夫の年金を同額増やすのは制度上難しい。

 妻が厚生年金に20年以上加入すると、夫の厚生年金に加給年金が付かなくなる。結婚前など以前に勤めていた期間も合算される。加給年金は原則として夫が65歳になった時点で、65歳未満の扶養する配偶者がいるなど一定の条件を満たした場合に夫の厚生年金に加算される。額は年38万円強(14年度、配偶者のみが対象の場合)と決して少なくない。中には厚生年金の加入期間が20年になる直前に仕事を辞める妻もいる。

 ただ、もらえるのは妻が年下で65歳になるまで。「年齢が離れた妻なら恩恵は大きいが、さほど変わらないなら、受け取る加給年金の総額を考えると働き続けた方が有利な場合もある」(社会保険労務士の池田氏)という。

 夫婦の老後は元気で仲良くが基本。病気になってどちらかが働けなくなったり、早く亡くなったりすると生活設計は大きく狂う。離婚すると生活水準が下がるケースが多いことも頭に入れておきたい。(編集委員 土井誠司)

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