2014年12月14日 日経新聞

 相続税制には持ち家に住んでいない相続人を優遇する仕組みがある。持ち家のない相続人、いわゆる「家なき子」が「小規模宅地等の特例」を使って、亡くなった人の住んでいた家の土地を相続すると相続税の計算上、土地の評価額を8割も下げることができる。適用面積の上限が来年から拡大することもあって注目が集まっている。

 東京都の大学教員、高木嘉一さん(仮名、64)は今春、家族4人で住んでいた持ち家を売り、いまは社宅で暮らしている。もっとも持ち家の売却先は高木さんが代表取締役を務める不動産管理会社、高木リアルエステート(同)。実は売却した持ち家を同社の社宅の扱いにしただけで、一家の生活は何一つ変わっていない。同社は父親の清さん(同、93)が所有する賃貸アパートの管理を手掛ける。


■土地評価8割減


 高木さんは「節税のためです。もし家なき子になれないと多額の相続税がかかる」と明かす。高木家は明治時代からの地主だが代々農家だったので金融資産があるわけではない。一人っ子の高木さんが対策をしないまま一人暮らしの父親からの相続が発生すると納税のため先祖代々の土地を売らなければならない。


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 小規模宅地等の特例は評価額を8割下げることで、亡くなった人の配偶者や同居親族が土地を相続しやすくするのが狙いだが、配偶者と同居親族のうち法定相続人がいない場合に限り、離れて暮らす家なき子が相続しても認められる。どんな条件を満たす必要があるのだろうか。

 まずマイホームがなく、ずっと賃貸住宅に住んでいる人が該当する。持ち家があっても売却したり、賃貸したりして3年が経過すれば家なき子の扱いになる。高木さんは今年2月に自宅を売却したばかり。「節税のためにも父には元気で長生きしてもらいたい」と胸の内を語る。3年たたずに清さんが他界すると、条件を満たせないからだ。

 もっとも3年以内に清さんが亡くなっても、節税できる手立ては講じてある。昨年、清さんと高木さんの長男、亮太さん(同、18)を養子縁組しておいたのだ。持ち家がない亮太さんは養子縁組と同時に家なき子になった。孫養子の相続税は2割増しになるが、家なき子の節税効果のほうが大きいという。


   家なき子という通称は1990年代の人気テレビドラマのタイトルから取られたもので「子どもしか対象にならない」と誤解されがち。しかし税理士の高橋安志氏は「家なき子の対象は子どもを含む親族。家なき親族と考えるのが正しい」と指摘する。

 民法で定められている親族の範囲は血のつながりがある「血族」の場合は6親等まで、婚姻でつながる「姻族」も3親等までと広い。このため自宅の土地を孫に相続させる遺言を書けば、養子縁組をしなくても家なき子として節税できる。もちろん親族の範囲であれば孫に限らない。

 ただし家なき子である孫への相続は注意が必要だ。孫が若くして大きな財産を手にすると金銭感覚がおかしくなりかねないという懸念があるからだ。高橋税理士は「節税のため孫に相続させる場合は、その親にも一部を相続させて共有名義にしておくのが一案」と助言する。孫の一存だけで換金できないようにするわけだ。


■実体の有無に注意


 もう一つ気になるのは、持ち家から引っ越さずにそのまま社宅扱いにするような節税スキームを税務署が認めるかどうか。高木さんに助言した税理士の渡辺浩滋氏は「高木リアルエステートは賃貸物件の管理業務をする実体のある会社だから、問題はないとみている」という。

 国税庁はこうした節税策について「一般論として個々の事実関係に基づき、法令に照らして判断する」としている。相続税法には同族会社との取引で相続税が不当に減少する場合は、その取引を相続税の計算に入れない規定がある。このため渡辺税理士も「仮に社宅を所有するだけのペーパーカンパニーであれば、税務署が認めない可能性がある」と話している。

 亡くなった人が住んでいた家の土地に適用される小規模宅地等の特例は現在240平方メートルが上限だが、2015年から330平方メートルになる。土地が広い場合の節税効果が高まるため、活用を考える人は増えそうだ。

 家なき子になるためだけにこれまでの生活を犠牲にして賃貸住宅に引っ越したりするのは現実的ではない。ただ兄弟姉妹のだれも年老いた親と同居していなくても、相続人に家なき子がいれば節税できることは頭に入れておくとよさそうだ。

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