2015年2月23日 日経新聞

 「若いから大丈夫だと思ってがん保険に入っていなかったのに、がんが見つかってショックを受けた」――。保険活用は必要最小限にするよう勧めている私でも、こうしたお客様の話を聞くと心が揺れます。とはいえ起こり得る不安に、すべて保険で備えるわけにはいきません。今回はがんにかかる確率をもとに、がん保険の費用対効果を試算してみました。体験談や宣伝文句に流されず、冷静に保険との付き合い方を考えるうえで参考になると思います。

 がんと診断されると一時金100万円が支払われる、シンプルながん保険商品を例にとります。がんにかかる確率は、国立がん研究センターが公表している「現在年齢別がん罹患(りかん)リスク」から、10年後までにがんと診断される罹患率を使いました。100万円に男女の各年代の罹患率を掛けて向こう10年間に支払われる可能性がある給付金(期待給付額)を算出し、10年間の保険料と比べたのが表1です。


表1.向こう10年間にがんにかかる確率から試算した、がん保険の期待給付額や、保険料に対する還元率
年齢10年後までの
がん罹患率
向こう10年で受け取れる
可能性がある給付金
(期待給付額)
10年で負担する
保険料総額
還元率
【男性】
20~29歳0.2%2000円17万280円1.2%
30~39歳0.5%5000円24万円2.1%
40~49歳2.0%2万円34万2240円5.8%
50~59歳5.0%5万円50万9160円9.8%
60~69歳15.0%15万円74万160円20.3%
70~79歳28.0%28万円87万1200円32.1%
80歳以上52.0%52万円
【女性】
20~29歳0.4%4000円16万680円2.5%
30~39歳1.0%1万円21万8880円4.6%
40~49歳3.0%3万円27万8280円10.8%
50~59歳6.0%6万円34万7760円17.3%
60~69歳8.0%8万円42万7200円18.7%
70~79歳13.0%13万円49万6800円26.2%
80歳以上28.0%28万円
(注)罹患率は国立がん研究センター「現在年齢別がん罹患リスク」から引用。
期待給付額は、あるがん保険商品(79歳まで加入可能)でがんと診断された際に支払われる
一時金100万円に罹患率を掛けて算出。還元率は期待給付額を保険料総額で割ったもの
 例えば30歳女性のがん罹患率は1%なので、確率論からいえば向こう10年間の期待給付額は100万円×1%=1万円と計算できます。これに対し10年分の保険料は21万8880円ですから、受け取れるかもしれない1万円のために約22万円を払う形になるわけです。負担した保険料が給付金として戻ってくる確率(還元率)は4.6%です。

 前回2月16日付「医療保険は割に合うか 入院確率から試算してみた」で同様の検証をした医療保険もそうですが、一生涯の保障がある保険では若い層の期待給付額が相対的に低く見える面があります。それでもがん保険では終身タイプが売れ筋ですから、決してこの期待給付額や還元率が低すぎるわけではなく、データとして押さえておく意味はあるでしょう。

 20~30代の罹患率の低さをみると、がん保険に入るなら40代以降がよさそうだと思った人もいるはずです。そこで男女それぞれ40歳と、男性の罹患率が大きく上がる60歳から亡くなるまで加入した場合の期待給付額と保険料総額を比べたのが表2です。各年代の余命は保険会社ががん保険などの保険料を算出する際に使っている「生命表」から、小数点以下を四捨五入して計算しました。還元率は最も高い40歳加入の男性でも42%、それ以外は32~34%程度であることが分かります。


表2.40歳または60歳からがん保険に生涯加入した場合の期待給付額と保険料総額、還元率
40歳から生涯加入60歳から生涯加入
男性女性男性女性
保険料総額143万7408円
(42年分)
133万5744円
(48年分)
177万6384円
(24年分)
123万8880円
(29年分)
生涯罹患率61%44%61%40%
期待給付額61万円44万円61万円40万円
還元率42.4%32.9%34.3%32.3%
(注)保険料総額の年数は「生命表」から、40歳からの男性余命41.92年、同女性48.29年、
60歳からの男性余命23.62年、同女性29.28年の小数点以下をそれぞれ四捨五入。
期待給付額と還元率の算出方法は表1と同じ

 これらの還元率を妥当とみるか、低いとみるかは人それぞれでしょう。しかし2014年12月1日付「宝くじや競馬から考える『保険の還元率』」で取り上げたギャンブルと比べたらどうでしょうか。宝くじの12年度販売実績に占める当せん金の割合にあたる還元率46.9%に及ばないのです。このがん保険はファイナンシャルプランナー(FP)らの間でも評価が高い商品で、かつ罹患率が高まる年代から入った場合でもこの程度の数字にとどまるわけです。

 2年に1回までは再発時にも100万円が支払われるので、期待給付額はもっと大きくなるかもしれません。しかし「2013年版 こんなにかかる医療費」(新日本保険新聞社)によると、再発率は罹患率が高い胃がんや乳がんでもそれぞれ23%、30%といったところです。

 50代後半である私に言わせれば、向こう10年間の定期でも、二十数年の終身でも割に合わない還元率です。一時金にあたる100万円を貯蓄から自腹で賄えるようにしておけば、がん保険に頼る必要はないと思います(実際、私は民間の保険には何も入っていません)。

 医療保険もがん保険もそうですが、人は入院や大病に必要なお金をどう確保するかという課題に対し、「不安への備え=保険」という図式に縛られすぎているのではないでしょうか。不安から解放され、安心を得ることを優先してしまうと、「そのお金は保険でなければ手当てできないのか」というそもそもの視点を見失いがちです。

 特に冒頭のような「保険に入っておらず後悔した」、あるいは逆に「保険に入っていて助かった」という誰かの体験談は、損することを嫌う人間の心理に強いインパクトを与えます。だからこそ、保険の仕組みとは切り離せない確率論から目をそらすべきではありません。前回と今回の試算が、保険という不利な賭けに生涯で100万円単位のお金をつぎ込むことが得策だろうか、と立ち止まってみるきっかけになればいいと思っています。


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