2015年3月24日 日経新聞

 私は、2008年7月まで国税調査官でした。いまは退職してメンタルヘルスケアをしています。現役の調査官時代、たくさんの方の税務調査をする中で、「お金持ちの経営者も国税調査官も必ずしも幸せそうではない」ということに気付いたのがきっかけで、メンタルヘルスケアの仕事を始めました。「こころの人間ドック」の必要性についてご説明するために大勢の方とお会いするのですが、初対面のとき、ほぼ必ず私の前職のことが話題になります。

飯田:「はじめまして。日本マインドヘルス協会代表理事の飯田真弓です」
:「はじめまして。私は、○○株式会社の代表取締役のAです。よろしくお願いします」
飯田:「Aさんですね。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
:「日本マインドヘルス協会って、どんなことをされてるんですか?」
飯田:「心理療法のひとつ、表現療法を使って企業さん向けのメンタルヘルスケア研修などをしてるんです」
:「(Aさんは名刺を見ながら…)へぇ~。産業カウンセラー、日本芸術療法学会正会員、認定心理士……たくさん肩書きを持っておられるんですね」
飯田:「ええ、まぁ……」
:「えっ! 税理士の資格もお持ちなんですか?」
飯田:「えぇ、2008年まで26年間、税務署で税務調査という仕事をしてたんです」
:「飯田さん、税務調査って、マルサの女やったんですか?」
飯田:「いえいえ、マルサは国税局にある組織です。私はずっと税務署まわりだったんで、マルサの女ではないんです」
:「へぇ~、そうなんですね」
飯田:「でも、まあ、やってたことはマルサみたいなことでしたけどね」
:「そしたら、やっぱり、実際に調査に行かれてたってことですか?」
飯田:「はい……」
:「じゃあ、もうひとつだけ、聞いてもいいですか?」
飯田:「はい……。答えられることでしたら……」
:「税務調査に入る会社って、どう決めるんですか?」
飯田:「あ~、それはよく聞かれるんですけどね……」
:「ぜひ聞かせて下さい!(Aさん、身を乗り出しながら)」
飯田:「一言で言うと、その経営者の人柄かなと思います」
:「えっ、人柄ですか……?」



国税調査官が「この会社は大丈夫だな」と思う経営のあり方とは

国税調査官が「この会社は大丈夫だな」と思う経営のあり方とは


 このAさん。名刺交換をした後、私が元国税調査官だと知って、急にそわそわし始め、いろんな質問をしてこられました。税務調査に入る決め手が経営者の人柄だとお伝えした瞬間、Aさんの名刺を差し出されていた手が5ミリ動きました。私はこの経験を何度もしています。おそらく、Aさんは何かしら税務に関して「これって大丈夫なんやろうか?」と感じることを、ご自身でやっておられるのだと思います。自分でやっていることが正しいのかどうか。不安で不安でたまらないけれど顧問の税理士さんにそんなことを言うと怒られるかもしれないので相談できないといったところなのでしょう。
 実は以前、知人に頼まれて、相談料をいただかず、ある経営者の方とお話する機会がありました。マルサに入られたとおっしゃるので現状をお聞かせいただき、「入られたら無駄な抵抗はしない方がいいですよ」とアドバイスしました。

 すると、後日、税理士会の会合でお会いした先生から「飯田さん、なんや知らん、わしとこのお客さんにええこと教えてくれたそうやなぁ」とキツ~い嫌みを言われたのです。数日前にアドバイスした経営者の方の顧問税理士さんでした。

 お金を頂かなかったとしても、顧問の税理士さんがおられるのに、そこに割って入って相談事を受けるということは、その経営者の方と顧問の先生の信頼関係を揺るがすことにつながってしまうのだと思いました。

 それ以降、「ちょっとだけ教えてもらえますか?」という質問は受けないことにしています。

 経営者は孤独です。厳しい判断を強いられる毎日だと思います。

 私の26年間の国税調査官の経験から「この会社はだいじょうぶだな」と思うのは、業績がいい時も悪い時も、社員に包み隠さず決算書をオープンにし、社員同士がその内容についてけん制し合う仕組みがある会社です。そんな会社では社員が経営を助けてくれると思います。

 逆に「これくらいやったら、いいやろう……」という、経営者のよこしまな気持ちが税務調査を引き寄せるのだと思います。税法の前に自分自身の良心に基づく経営を徹底していれば、あなたの会社が税務調査を受けることもないでしょう。


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