2015年5月21日 東洋経済

昭和の大経営者である松下幸之助。彼の言葉は時代を超えた普遍性と説得力を持っている。しかし今の20~40代の新世代リーダーにとって、「経営の神様」は遠い存在になっているのではないだろうか。松下幸之助が、23年にわたって側近として仕えた江口克彦氏に口伝したリーダーシップの奥義と、そのストーリーを味わって欲しい。(編集部)

 

昭和56(1981)年、9月だった。テレビの音が少し大きく気になった。松下幸之助は、私の報告が終わると、雑談。

そのなかで、次のように話してくれた。

会社は、誰によって維持されているか考えよ

「きみなあ、部下の話を聞いてるか。社員のことを気にしてるか。この社員は、どうも元気がない。どうしたのか。病気かどうか。なにか困っているのではないか。会社におらんときも今頃社員は、苦労しとるんやないだろうかとかな。まあ、大将はつねに部下のことや社員のことを考えんといかんな。そういう大将の姿に、部下もこの人のためならば、頑張ろう自分の命を捨てようと。実際には、捨ててもらっては困るけどね。大将が、いつも部下のことを考えておらんといかんな。

俺は大将や、自分は指導者や、社長やと、そういう態度、話し方、接し方をしたら、部下はついてこんわ。部下の話を聞いて、褒めてな。その意見がええなら、すぐに取り入れる。すぐに対応する。そして、うまくいったら、あの社員のお陰や、あの君(くん)の提案によって、大きな成果が得られた。会社全体の売り上げが上がったとか、士気が上がったとかな言う。大事やで。きみ、いつも、部下のことを忘れんようにな。

会社は、誰によって、持っている(維持されている)かというとね、社長や指導者の力は、まあ、3割ぐらいや。7割は部下の力によるところが大きい。わしの経験から、そう言えるな。社員が、会社の命運を握っていると言っても言い過ぎではない。社員には、大いに感謝している。社員は、宝やで、ほんまに。

だから、部下を第一に考えて、仕事をせんとな。また、部下を育てようという思いを、つねに持っておらんと。部下はみんな、ええもんを持っとるんや。今、あまりたいしたことないと思う者でも、指導者とか社長が、上手に磨いてやればね、ダイヤモンドになるな」。

「昔、店を始めた頃は、ええ人間なんか来てくれんわけや。けど結果的には、世間からも同業者の人たちからも、松下さんとこはええ人がいますなあと言うようになってくれた。社員が努力したことが大きいけど、まあ、そういう環境を作る。絶対に、社員を、育てようという強い心持ちを指導者が持っておることが大事やな。きみ、そういう心持ちで経営をやってくれや」。

「わかりました」と答える私の顔を見ながら、次のような話を付け加えた。「まあ、わしの経営は、ワンマン経営や、と言う人もいるわね。けどワンマンはワンマンでも、衆知を集めた上でのワンマンということやな。会社の発展の対策を次々に出してな、今日までやってきたけど、それはわし個人の意見であったかというと、そうではないわけや」。

上を見ないといけないが、それ以上に部下を見よ

「そうではなく、日頃から部下の話を聞くとかね。誰に対しても声を掛けるとかね。そういうように、社員がわしに話をしやすいようにしむけながら、多くの意見や心持ちを汲んで、いわば、衆知を集めてのわしの決断やから、社員の心を心として、経営をやってきたわけや。

ワンマンと言っても、わしのワンマンは、ほかのワンマンとは違う。普段から、社員の話を聞いておるからな。事を一瀉千里(いっしゃせんり)に進めても、社員の意思というか心に反することはなかったな」。

この話を聞きながら、以前、聞いた話を思い出していた。

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昭和54(1979)年の春頃だったと記憶している。この日は、かなりご機嫌がよく、あれやこれやの雑談に花が咲く。

こないだ、ある人(関西財界のA氏)が話してくれたけどね。昔な、中国のある王さん(王様)がいたそうや。その王さんが、家来に対してもうやりたい放題気分次第で家来に指示を出す。気にくわんと言って、殺す。そういう王さんやった。

あるとき、風呂を沸かしていた。まあ、風呂を焚くのは下の身分やわな。その風呂に王さんが入ろうとしたら、お湯が熱かった。するとな、その王さんが激怒して、打首や。まあ、いわば暴君やな。

ところが、その上の皇帝には、その王さんはもう、こんなことまでと思うほど、気を使う。過ぎるぐらいに接する。皇帝の言うことは、どんなことでも「仰せごもっとも」というだけや。皇帝の言うことは、いわば、神様の言うことというまあ、そんな具合やったそうや。

当然まあ部下は、内心面白くないわな。少しは俺たちのことを気にしてくれよと。そいで、部下の者同士が相謀って、王さんを暗殺してしまった。そういう話をしてね。部下に対して、十分な配慮が必要ですな、と言っておったけどね。けど、それは、当たり前や。指導者は上を見んといかんけど、それ以上に部下を見んといかんのや。そういうことが指導者とか経営者には必要やな」

いつも私は、こういうふうに、松下幸之助から雑談で部下との接し方、経営の仕方、指導者や経営者のあり方を教えられたものである。「雑談による教育」を、松下に習い、私も大事にした。

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