2015年6月18日 日経新聞

 初めての就職活動は分からないことだらけ。直接企業に質問しづらいことも多いし、口コミ情報がどこまで信用できるかも不安だ。そんな悩みを解決する「就活探偵団」。就活生の疑問に答えるべく、あなたに代わって日経記者が企業に突撃取材します。

 「就活生の間で『オワハラ』が恐れられています。実際に自分が遭遇したら、うまく対処できるか不安です」

 「オワハラ」とは企業が学生に内定や内々定を出すことと引き換えに就職活動を終えるように強要する「就活終われハラスメント」を略した造語だ。一躍2016年卒就活のキーワードに浮上している。相談を受けて、調査に向かった。

■「そろそろ電話しようか」

 「『内々定を取り消す』と言葉には出さないものの、ものすごいプレッシャーでした」。ある私大に通う男子学生は4月に大手テレビ局の選考で受けた体験を振り返る。

 人事から「内々定した」との連絡を受けて会社に駆けつけると、面接室に「現在選考が進んでいるテレビ局一覧」というリストが掲げられていた。丁寧に各局人事部の電話番号まで書き込まれている。実は内々定をもらったこの局は彼にとって第2志望。第1志望の局がリストに含まれていた。「この中に、選考を受けている会社があるよね。そろそろ電話しようか」と促され、泣く泣くその場で第1志望先に電話し、辞退を申し入れた。

 別の都内の私大男子学生は6月、アパレル大手の最終面接で「他社の選考を全て辞退すれば内々定を出す」と言われた。ただ、本命企業の選考はまだ始まってすらいない。「少し待ってほしい」と返事をしたのだが、数日後この会社から届いたのは不採用を知らせるメール。「この段階で結論を出せと言われても」と納得がいかない様子だ。

 今年度の新卒採用は選考開始を8月1日とする経団連の指針を守る一部の大企業と、既に内々定を出し始めている外資系やIT系などの非経団連系企業との間で選考時期のズレが鮮明になっている。こうした選考時期の違いに、学生優位の売り手市場という環境が重なり、早めに動き出した企業が学生を囲い込もうとオワハラ行為が過熱している。



 マイナビが今年2月に1949社を対象に実施した16年卒の採用予定調査によると、内々定辞退対策として「他社選考の辞退要請」を行うと回答したのは全体の5.4%。業界別ではマスコミ(11.8%)や金融(8.1%)、企業規模別では従業員5000人以上の大企業(9.7%)の回答割合が比較的高く、オワハラ気質が強いといえそうだ。

■「オワハラ」ブームに仕掛け人

 もっとも企業が他社選考を辞退させたり、内々定後に懇親会や研修と称して学生を拘束したりする行為は昔からある話。こうした行為を「オワハラ」と命名し、あらためて社会の関心を呼び寄せた仕掛け人がいる。

 オワハラがクローズアップされたのは、就職活動の制度改善に取り組むNPO法人DSS(東京・千代田)が今年3月にYouTubeに投稿した、「『就活終われハラスメント』とは?」という1本の動画がきっかけだ。代表の辻太一朗氏は「オワハラを放置していたら採用活動で企業の『早い者勝ち』が助長され、就活時期の早期化に歯止めがかからなくなる」と語る。

 文部科学省もオワハラ是正に乗り出した。大学を通じて学生が受けたオワハラ事例を定期的に集計し公表することで、オワハラを抑止しようとしている。学生・留学生課の渡辺正実課長は「一部の企業が過度な行為によって学生を囲い込むのは、採用時期を守っている正直な企業や学生が損をしてしまい、フェアではない」と話す。

 もともと今年度の新卒採用時期の後ろ倒しは、政府が経団連に要請して決まった経緯がある。オワハラを放置したままでは、わざわざ就活時期を後ろ倒しにした政策の意義も問われかねない。そんな大人の事情も「オワハラ」ブームを盛り上げる。

■「優先順位は正直に」

 大人の事情はさておき、就活生としてはオワハラを受けても第1志望の企業の選考が後に控えていれば、就活を続けたいところ。うまくかわす手はないのだろうか。

 学習院大学では5月以降、オワハラに対処する心構えを指南している。淡野健キャリアセンター担当事務長は「後に残っている志望企業に落ちてしまった場合に、入社する気持ちがあるなら、ありがたく内定を頂くように」と話す。


「内定を承諾する企業は最小限にとどめておくべき」との指摘もある(写真はイメージ)

「内定を承諾する企業は最小限にとどめておくべき」との指摘もある(写真はイメージ)

 たとえオワハラ企業であったとしても、「企業が内定を提示することは極めて重要な経営判断であり、学生はその判断に感謝し、誠意を持って対応すべし」と口酸っぱく説く。そのうえで、各社の選考スケジュールや志望度合いの優先順位を念頭におきながら、内定を承諾する企業は必要最小限にとどめておくべきだという。いったん承諾した内定を後になって辞退することも可能だが、内定辞退は企業に迷惑がかかるのも事実だからだ。

 三越伊勢丹ホールディングスの採用実務を担う三越伊勢丹ヒューマン・ソリューションズの早川正一取締役は「内定が重複するのは避けがたいかもしれないが、最終面接までには優先順位をはっきりさせておき、正直に話してほしい」と話す。その代わり三越伊勢丹は、学生が自社とライバル社の優先順位を付けやすいよう、学生とのコミュニケーションを密に図ろうとしている。社員と会える機会を積極的に設け、働く姿を想像させるなど、他社との比較材料を与えているのだ。

 内定先の企業に就活を続けることを正直に話すかどうかはケース・バイ・ケースだとしても、継続すること自体は自分の意思で決めることができそうだ。しかし、採用担当者の目の前で他社選考の辞退を強要された場合は切り抜ける手はあるのか。

 都内私大の男子学生はある企業の採用担当者に迫られて、志望度の高い企業に辞退の連絡を入れてしまった。ところがどうしても諦めきれず、辞退の連絡をした翌日、ダメもとで連絡を取り直し、事情を説明してみた。すると意外にもあっさり元の選考コースへの復帰が認められたという。「何のためのオワハラだったのか、拍子抜けしてしまった」。

 もっとも、このやり方がほかの企業にも通じるとは限らない。

 複数の企業の採用担当者に、オワハラを受けて一度内定を辞退してきた学生が、再び選考復帰を求めてきたらどうするか聞いてみた。「事情を聞いたうえで選考復帰を認める」(小売り大手)という声があがる一方、「追い詰められると嘘でごまかすというネガティブな印象を持ってしまう」(製造業大手)との声もあった。社員個人や企業としての「信用」をどれほど重視するのか――。企業や業種のカラーに左右される面もあるようだ。

■退路を断つ度胸を見る

 調査を進めていると、意外な事実も浮かび上がってきた。

 ある流通大手の人事担当は「当社はオワハラはしないが」と断ったうえで、「オワハラを受けやすいのは採用ラインギリギリの学生ではないか」と話す。「優秀な学生であれば納得するまで他社の選考を受けたうえで当社に来るか判断してもらっている。一方、志望動機の軸がぶれていたり、当社に対する志望度合いが見極めにくかったりすると、学生にプレッシャーをかけることもありうる」という。

 また、あるITベンチャーの採用担当者は、「内定の伝え方は学生のタイプ別に3パターンある」と話す。

 第1はベンチャー志向の最優秀層で、人事部相手では物足りず、直接トップと議論して入社を決めたがる学生。この場合、企業のトップ自らが説得して学生と握手を交わすという。

 第2は大手商社などの結果が出るまで決めきれない学生。このタイプは大手の結果がでるまで人事部が説得しつつ粘り強く待ち続けるしかないという。

 第3が大手志向でもないのに、ベンチャーに決めきれない学生。この場合、「入社を決めてくれれば、即内定」と人事部が口説く。つまり、オワハラは、なにがなんでも囲い込みたいという企業のエゴという側面だけではなく、優柔不断な学生にプレッシャーをかけて、退路を断つことができるかできないか、ふるいにかける“選考の一過程”ととらえることもできる、というわけだ。

■弁護士は「違法性ある」

 日本経済の人手不足感が強まるなか、企業にとっても人材確保は死活問題だ。とはいえ、オワハラで囲い込むのは法的にもすれすれの行為のようだ。労働問題に詳しい今津幸子弁護士は「学生の自由な意思形成を阻害する過剰な行為は強要罪に当たる可能性がある」と指摘する。強要罪は「一定の決意をした者にその内容と異なる行為を強制する」などの行為がそれに当たる。今津弁護士に、冒頭で紹介したテレビ局による他社辞退の事例を説明してみると、やはり「違法性がある」との答えだった。内定が欲しい学生の弱みにつけこんで、行き過ぎたオワハラを強行すれば、暴露されたときのリスクも大きい。


内定は、学生と企業の相思相愛のたまもののはず(写真はイメージ)

内定は、学生と企業の相思相愛のたまもののはず(写真はイメージ)

 企業が内定を出すということは、いわば学生からの応募という「ラブコール」に応えるということ。オワハラはその企業側の「好意」が行き過ぎてしまった形だともいえる。もちろん行き過ぎた好意は迷惑にほかならないのだが、愛の形は人それぞれ。熱意がオワハラを超越し、相思相愛が成就するケースもある。

 関東の私立大学の工学部に通う男子学生は5月に中堅ITベンダーから内定を得たところ、定番のオワハラに遭遇した。他社の選考を全て辞退したうえで、大学の指導教授名入りの推薦状を提出するよう求められた。8月に控える大手企業の選考も視野にいれていたため、指導教授と相談しながら提出を引き延ばしていたのだが、内定先からは提出期限を6月に区切られてしまった。

 企業もこの学生を逃がすまいとあの手この手を打ってきた。学生を呼び出しては若手社員との懇親会を開催。出身高校が同じ先輩社員や、趣味が共通の社員をそろえてきたという。「まるで昔からの知り合いのような雰囲気に乗せられて、息子はすっかり会社のことを気に入ってしまったみたい」と、男子学生の母親は気が気ではない。先ごろ、ついに推薦状を提出したという。
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