楽になれる方法を知りたいですか?
誰でも幸せに生きる方法を知りたいですか?
そのヒントを教えてあげます。

もっと力を抜いて、体を、精神を、楽にさせるんです。
この世の「苦しみ」も「辛さ」も、全ては「幻」なんです。
もっとリラックスして、安心してください。

この世は、現世は、空しいものです。
「痛み」も「悲しみ」も、最初から空っぽなものです。
そこに意味なんて、意義なんて、無いのです。

この世は、変わり行くものです。
「苦」を「楽」に変える事だって出来る。
「汚れる」こともあれば、「背負い込む」事だってある。
だから抱え込んだ負のものは、「捨て去る」事も出来るはずです。

この世がどれだけ「いい加減」な「幻」であることか。
「苦しみ」とか「病」とか、背負い込んだものに拘ってはいけません。
自身の境遇に必要以上に悲観的になってはいけません。

見えてるものに拘ってはいけません。
聞こえるものにしがみついてはいけません。

舌で感じる「味」、鼻で感じる「香り」人それぞれでしょう。
自分の感覚なんて、拘りなんて、「幻」のようなものです。
そこに拘っても、何のあてにもなりません。

現世には、様々な幻の干渉があなたに訪れます。
それで揺らぐ心に拘ってしまってはいけません。
心が、芯が、揺らいではいけません。
それが『無』というものです。

現世で生きている限り、色々な事があるものです。
「辛い」モノを見ずに、経験せずに、生きるのは難しいです。
避ける事が出来ない、あなたに訪れる「苦しみ」。
でも、そんな「幻」は、その場に置いていけばよいのです。

先の事は、誰にも見えません、分かりません。
無理して人生の先を照らそうとしなくていいのです。
見えない事を愉しめばいいのです。
それが生きてる実感というものなのです。
苦を全て避けた道を歩いて生きるのは、確かに難しいです。
でも、「明るく」生きるのは誰にだって出来るものです。

「明るく」生きる、とは、菩薩になるという事です。
菩薩として生きるコツがあるのです。
苦しんで生きる必要なんて無いんです。
愉しんで生きる菩薩になるんです。

全く恐れを知らなくなってしまうのは行き過ぎです。
現世にある適度な恐怖、苦しみ、痛み、
それらは明るく生きていくのに役立つはずです。

勘違いしてはいけません。
人の心を失い、非情になってはいけません。
夢や空想や慈悲の心を忘れてはいけません。

それができれば、涅槃はどこにだってあるのです。


現世での生きる道は、菩薩になろうとも何も変わらない。
ただ、その道で待ち構えるモノの受け止め方が変わるります。


「心の余裕を持ちなさい。そうすれば、誰でも菩薩になれます。」
この「般若の言葉」を覚えておきなさい。
短い言葉なので、繰り返し唱えて覚えなさい。

意味は最初は知らなくてもいいのです。
細かい事は後から理解できます。
般若の言葉を唱えるだけで苦しみが小さくなれば良いのです。

嘘も、デタラメも、この世にある不条理を全て認めてしまいなさい。
受け入れれば、苦しみは無くなります。
この世の中は、そういうものなのです。


さて。
今までの言葉は、前置きとして全部忘れても構いません。
でも、最後にこれだけは必ず覚えておきなさい。

生きている中で、いつでも、どこでも、気が向いたら呟くのです。
心の中で唱えるだけでも、よいのです。

いいですか? この言葉を、よく聴いて覚えなさい。

『唱えよ』
『心は消え、魂は静まる』
『全ての心理は此処にある』
『全てを超越した時、悟りは叶うだろう』
『全てはこの真言に成就する。』

何も心配しなくて良いのです。
大丈夫です、安心して、菩薩の心で生きなさい。


       
かんじざいぼさつ
観自在菩薩             (観音菩薩が、)
ぎょうじんはんにゃはらみったじ
行深般若波羅蜜多時     (深遠な知恵を完成するための実践をされている時、)
しょうけんごうんかいくう
照見五蘊皆空           (人間の心身を構成している五つの要素がいずれも本
             質的なものではないと見極めて、)
どいっさいくやく
度一切苦厄             (すべての苦しみを取り除かれたのである。)
しゃりし
舎利子                 (そして舎利子に向かい、次のように述べた。舎利子
             よ、)
しきふいくう
色不異空               (形あるものは実体がないことと同じことであり、)
くうふいしき
空不異色               (実体がないからこそ一時的な形あるものとして存在
             するものである。)
しきそくぜくう
色即是空               (したがって、形あるものはそのままで実体なきもの
             であり、)
くうそくぜしき
空即是色               (実体がないことがそのまま形あるものとなっている
             のだ。)
じゅそうぎょうしき
受想行識               (残りの、心の四つの働きの場合も、)
やくぶにょぜ
亦復如是               (まったく同じことなのである。)
しゃりし
舎利子                 (舎利子よ、)
ぜしょほうくうそう
是諸法空想             (この世の中のあらゆる存在や現象には、実体がない、
             という性質があるから、)
ふしょうふめつ
不生不滅               (もともと、生じたということもなく、滅したという
             こともなく、)
ふくふじょう
不垢不浄               (よごれたものでもなく、浄らかなものでもなく、)
ふぞうふげん
不増不減               (増えることもなく、減ることもないのである。)
ぜこくうちゅうむしき
是故空中無色           (したがって、実体がないということの中には、形あ
             るものはなく、)
むじゅそうぎょうしき
無受想行識             (感覚も念想も意志も知識もないし、)
むげんにびぜつしんに
無限耳鼻舌身意         (眼・耳・鼻・舌・身体・心といった感覚器官もない
             し、)
むしきしょうこうみそくほう
無色声香味触法         (形・音・香・味・触覚・心の対象、といったそれぞ
             れの器官に対する対象もないし、)
むげんかいないしむいしきかい
無限界乃至無意識界     (それらを受けとめる、眼識から意識までのあらゆる
             分野もないのである。)
むむみょう
無無明                 (さらに、悟りに対する無知もないし、)
やくむむみょうじん
亦無無明尽             (無知がなくなることもない、)
ないしむろうし
乃至無老死             (ということからはじまって、ついには老と死もなく)
やくむろうしじん
亦無老死尽             (老と死がなくなることもないことになる。)
むくしゅうめつどう
無苦集滅道             (苦しみも、その原因も、それをなくすことも、そし
             てその方法もない。)
むちやくむとく
無知亦無得             (知ることもなければ、得ることもない。)
いむしょとくこ
以無所得故             (かくて、得ることもないのだから、)
ぼだいさった
菩提薩垂               (悟りを求めている者は、)
えはんにゃはらみった
依般若波羅蜜多         (知恵の完成に住する。)
こしんむけいげ
故心無圭礙             (かくて心には何のさまたげもなく、)
むけいげこむうくふ
無圭礙故無有恐怖       (さまたげがないから恐れがなく、)
おんりいっさいてんどうむそう
遠離一切転倒夢想       (あらゆる誤った考え方から遠く離れているので、)
くきょうねはん
究境涅槃               (永遠にしずかな境地に安住しているのである。)
さんぜしょぶつ
三世諸仏               (過去・現在・未来にわたる”正しく目覚めたものた
            ち”は)
えはんにゃはらみつたこ
依般若波羅蜜多故       (知恵を完成することによっているので、)
とくあのくたらさんみゃくさんぼだい
得阿耨多羅三藐三菩提   (この上なき悟りを得るのである。)
こち
故知                   (したがって次のように知るがよい。)
はんにゃはらみった
般若波羅蜜多           (知恵の完成こそが)
ぜだいじんしゅ
是大神呪               (偉大な真言であり、)
ぜだいみょうしゅ
是大明呪               (悟りのための真言であり、)
ぜむじょうしゅ
是無上呪               (この上なき真言であり、)
ぜむとうどうしゅ
是無等等呪             (比較するものがない真言なのである。)
のうじょいっさいく
能除一切苦             (これこそが、あらゆる苦しみを除き、)
しんじつふこ
真実不虚               (真実そのものであって虚妄ではないのである、と。)
こせつはんにゃはらみつたしゅ
故説般若波羅蜜多呪     (そこで最後に、知恵の完成の真言を述べよう。)
そくせつしゅわつ
即説呪曰               (すなわち次のような真言である。)
ぎゃていぎゃていはらぎゃてい
羯帝羯帝波羅羯帝         (往き往きて、彼岸に往き、)
はらそうぎゃてい
波羅僧羯帝             (完全に彼岸に到達した者こそ、)
ぼうじ
菩提                   (悟りそのものである。)
そわか
僧莎訶                 (めでたし。)
はんにゃしんぎょう
般若心経               (知恵の完成についてのもっとも肝要なものを説ける
             経典。)
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